化学04 鉄と硫黄の化合(事故防止)

 鉄と硫黄の化合の実験では、発生した気体により生徒の気分が悪くなる事故が問題になっています。そこで、事故の原因について考察してみました。
 この実験での事故は大きく次の2つに分けられます。
1 鉄と硫黄の混合物を加熱している時に、硫黄の気体が発生し、それを吸引してしまう。
2 化合してできた硫化鉄に塩酸を加えて、硫化水素のにおいを確認する実験において、硫化水素を必要以上に吸引してしまう。


1 鉄と硫黄の混合物を加熱している時に、硫黄の気体が発生し、それを吸引してしまう

 このことについては、鉄粉の種類が関係していると思われます。以前は、同じ300メッシュの鉄粉でも、鉄粉A(仮名)と鉄粉B(仮名)が販売されていました。このうち鉄粉Aは、硫黄と混ぜて加熱してもなかなか反応が始まらないという特徴がありました。この鉄粉Aを使って、特にアルミニウムの筒内で化合させた場合、加熱時間が長くなり、アルミニウムが破れたときに勢いよく硫黄の気体が出てくるということがありました。また、この鉄粉Aは化合が安定しておらず、化合の途中でパチッパチッとはじけることがあり、危険性を感じることもありました。別の種類の鉄粉B(仮名)ではすぐに化合が始まり、化合の途中の様子も安定しているので、アルミニウムの筒で実験しても問題ありませんでした。また、生成した硫化鉄についても、鉄粉Aで作ったものは磁石につきやすく、鉄粉Bで作ったものは磁石につきにくいという特徴がありました。
 しかし、鉄粉Aは生成した硫化鉄にうすい塩酸を入れたときのにおいが明確であるという長所がありました。不思議なことに、鉄粉Bで作った硫化鉄にうすい塩酸を加えても、あまりにおいがしないのです。理由ははっきりしませんが、未反応の鉄がやや残っている方が、発生する水素のため、試験管内の気体が外に出やすいのかもしれません。
 2021年現在、鉄粉Aは在庫がなくなり、どの教材会社から購入しても中身は鉄粉Bになっているようです。ただし、薬品庫に残っている古い鉄粉を使う場合には、以前の鉄粉Aである可能性があるので注意が必要です。


2 化合してできた硫化鉄に塩酸を加えて、硫化水素のにおいを確認する実験において、硫化水素を必要以上に吸引してしまったため

(1) 結論からいうと、この実験を無理にやる必要はありません。2021年度からの新しい教科書では、5社中3社が、本文中の記載のみ、または別法としての記載になっています。この3社の採択数を合計すると70%以上になります。また、混合物の方にうすい塩酸を加えた場合も無臭にはならないので、やらなくてもよいのではないかと思います。 

(2) この実験は「発生量を少なくすればよい。」という単純なものではありません 。なぜなら、においに敏感な生徒と鈍感な生徒がいるからです。以前は10%の塩酸を1mL程度加えるようになっていましたが、最近の教科書では3%や5%の塩酸を2、3滴加えるようになっていました。ところが、この程度の発生量だと、においに鈍感な生徒にとっては、においが分からないということになってしまうのです。しかし、以前のように発生量を多くすると、においに敏感な生徒を皮切りにクラスの他の生徒にも影響が広がって、気分が悪くなる生徒が出るということになってしまいます。
 最近、無臭にこだわるような傾向が強くなり、以前では問題にならなかったようなにおいにも過度に反応するようになってきたことも背景としてあると思われます。

(3) この実験では、以前から、混合物と硫化鉄の違いを調べるために、うすい塩酸で調べる方法と磁石で調べる方法の2種類が行われてきました。これには歴史的な経緯があります。
 鉄と硫黄の化合の実験は、昔から行われていた実験で、昭和18年の教科書にはすでに記載があります。その当時の鉄粉の品質や実験方法では、生成した硫化鉄が磁石につきやすかったため、うすい硫酸で確かめる方法が主流だったようです。
 昭和30年代になると転機が訪れます。まず、試験管に入った混合物の上部を加熱する方法が開発されました。(それまでは下部を加熱していた。)また、鉄粉も300メッシュの鉄粉を使用するようになりました。このため、生成した硫化鉄は磁石につきにくくなり、磁石で調べる方法が主流となっていきました。
 平成元年代になってからも10%の塩酸を1mL程度加えるようになっていましたが、その後、事故等が問題となり、うすい塩酸を2、3滴加える方法に変わっていきました。

(4) 鉄と硫黄の混合物の方にうすい塩酸を加えた場合も無臭にはならず、におい(腐卵臭)がすることについては、次のような理由が考えられる。
ア 鉄粉だけにうすい塩酸を加えても、におい(腐卵臭)が発生することから、最も大きな原因は、鉄粉に含まれている不純物によるものだと思われる。
イ 以前から知られている実験で「鉄粉と硫黄を混ぜたものを水でこねて団子状にしてしばらくすると、発熱反応が起こり硫化鉄に変わっていく。」というものがある。これは、水の中に鉄がイオンとして溶け出すことによって、硫黄と結合しやすくなるからである。つまり、水が触媒として作用しているのである。鉄と硫黄を混ぜたものに水を加えると硫化鉄が生成するのだから、うすい塩酸を加えたときにも硫化鉄が生成する可能性は十分に考えられる。
 現実的にも、そして理論的にもこの実験には問題点があると思います。


3 どうしても硫化水素の実験がしたいという方へ

 以上のようなことから、硫化水素のにおいを確かめる実験はしなくてもよいのではないかと思いますが、これまで私がやっていた実験方法は次の通りです。以下のような方法で行えば、事故は起こりにくいと思います。ポイントは「全班一斉に始めて2分以内に終わらせる」ということです。

1 まず、化合させて磁石で確かめる実験までを行い、うすい塩酸で硫化水素の発生を確かめる実験は、それとは切り離して行う。(次の日に独立して行う。)
2 硫化鉄は可能なら昔の鉄粉Aを使って作る。また、1日経つとにおいが出にくくなるので、当日の朝作っておく。
3 混合物の方については、においのかぎかたなどを教えながら、演示実験で行う。先に述べたように混合物の方からもにおいがしますが、「ほとんどにおいはしません。」と言ってすませる。(実際は結構においがします。)
4 生徒実験で硫化鉄の方を行わせる。
5 あらかじめ試験管に薬品さじの小さいほうに2杯程度硫化鉄の粉末を入れておく。試験管にはアルミ箔でふたをしておく。
6 10%の塩酸1mLを、「せーの」で、全班同時に入れ、すぐにアルミ箔でふたをする。
7 20秒後に、ふたをとってにおいを確認する。班の全員がにおいを確認したら、再びアルミ箔のふたをする。
8 アルミ箔のふたをしたということは、全員がにおいを確認したということになるので、教師の方で試験管を回収する。準備室等で水を入れて反応をとめる。
9 ここまでの実験時間を2分以内とする。
10 理科室から普通教室に移動し、実験のまとめや練習問題をする。


【追記】(2024年5月19日)
 雑誌「科学の実験」1962(昭和37)年7月(共立出版) に掲載されている「化学変化-化合と分解」(神奈川県理科教育研究サークル)の記事を見ると、次のようになっている。
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 「鉄粉のみ」「硫黄のみ」「鉄粉と硫黄の混合物」のそれぞれに塩酸を加える実験を行い、「鉄粉のみ」のときと「鉄と硫黄の混合物」のときでは同じにおいがするとなっている。そして、硫化鉄に塩酸を加えたときには異なるにおいがするとなっている。
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 おそらく、「鉄粉と硫黄の混合物」の場合には発生するのが水素であるということから、においはしないということになってしまったのではないかと考えられる。

・参考文献 「理科教育史資料5理科教材史Ⅱ」 とうほう 板倉聖宣 (P413 資料6209 神奈川県理科教育研究サークル)